内側から見るUNDECORATED #2

前回の記事では現在のUNDECORATEDになるまでのデザイナー河野の足跡を辿りました。 今回はリブランディングの背景やコンセプトづくりについて聞いていきます。


――入社初日から「いつか自分のブランドをやりたい」と久保に伝えるほど、独立心が強かった河野さん。そこから当時のundecorated MANを引き継ぎたいと考えるようになるまでにはどんな心境の変化があったのでしょうか?

河野:久保さんから「うちでやったらええんちゃう?」と提案してもらったこともあり、会社のなかでブランドをやっていく選択肢もアリなんじゃないか、と思うようになっていたのがきっかけです。

世の中には沢山のアパレルブランドがありますよね。僕が思い描くundecorated MANはどちらかというと主張が少なく日常に溶け込む服。その中で「他がやっていない事!」と考えた時、「そういえば…デザイナーが交代をしたドメスティックブランドってないな」と思って、undecorated MANを引き継ぎデザイナーが変わるというトピックは注目されるのではないかなと思いました。


――デザイナー交代が実現するまでに、久保さんとどんな話をしたのでしょうか?

河野:プレゼンでは相手の心を掴むためにある程度のサプライズが必要と思っていたので小出しで相談するのではなく、しっかりとした資料を作って提案しに行ったのを覚えています。 久保さん自身もデザイナーとして愛情を持って始めたブランドなのでそう簡単にバトンを渡すつもりではなかったとは思いますが、僕のブランドにかける情熱やプランに賛同してくれたのか二つ返事で提案を承諾してくれたのはとても嬉しかったです。

その時に見せたプレゼン資料を読み返すと、2016年当時から自社オンラインサイトでのEC展開野望や型数を絞りアイテムごとに強い思いを込めたものづくりをすることなど、今にきちんと通じる内容だったのでほっとしました。

自社ECはコレクションラインとは異なるいわゆるベーシックなラインとして白Tと杢グレーのスウェット、サーマルとシャツからスタートしました。ベーシックなアイテムは卸売りは難しいけど、ブランドイメージを確立すれば買いに来てくれるエンドユーザーは必ずいると信じて始めました。そのための販路やPRなどは今よりもSNSやD2Cが盛り上がる前だったし、もちろん経験もノウハウもなかったのでとても苦労しました。

↑久保がデザインをしていた当時の展示会インビテーション  


――ではリブランディングについて。
ブランドを引き継いで、一番大事にしていたことはなんでしょうか?

河野: 最初の3年間はyoshiokuboのイメージからかけ離すこと。久保がデザイナーを務めていたこともありyoshiokuboから派生したブランドのイメージが強く、ブランド名を伝えた時は「yoshiokuboの」という話初めから返されることがほとんどでした。 yoshiokuboと卸先のバッティングも多く、ビジネス的にも独立したブランドに育て上げることが重要だったので、過度なくらい露出に気を使いながら、またコレクションの最初の2〜3シーズンまでは色数を4色に絞ったりと極端にミニマムなイメージを作り以前からの差別化に努めました。

特に服の作り方は明確な違いをアピールするためにも、「デザインされたものに対して素材を当て込んでいく」久保さんの作り方に対して、僕は「まず素材を決める。出来上がった素材ごとに必ず合うデザインは異なると思うのでその素材のためのデザインをする。」という逆の作り方に挑戦しました。


――ブランドのコンセプトである「アンデコレイテッド:飾らない」の解釈については?

河野:久保がundecorated MANを立ち上げてブランド名がそのままコンセプトになっているということを聞いた時、理にかなったテーマにとても感動しました。 リブランディングの際も「飾らない」という大きなコンセプトは大事に引き継ぎ、自分の中でのもっと内面的な部分を表に出してコンセプトを足していこうと思いました。

悪く言えば少し消極的な人なのでしょうか?「自分からは主張せず密かに自分が納得した服を着る」ような人物像を思い描いた時に、一見プレーンではあるけれど着ている人だけがわかる素材の感動を感じることができる素材作りを追求した服作りをするようにしました。

発想のスタート地点が違うところから服作りをしたので、引き継いでからは服の雰囲気や印象は180度変わったと思います。

↑16FW LOOK  


――本当にガラッと変わったんですね。
180度変わったからこそ、最初の展示会は難しかったと思います。何かこだわったところはありますか?

河野:バイヤーさんとかスタイリストさんって、展示会の招待状がたくさん届くのでハガキ1枚送りつけても目にも止まらないんです。久保はブランド立ち上げ当初からインビテーションのデザインにはすごく気を使っていて、「一癖あってインパクトのあるもの」を作っていました。そういった久保からの学びもありインビテーションには全ルックが見られるカタログを送っていました。

そして、自分の言葉でしっかりとデザイナー交代の挨拶をしたかったので、そのことについて伝えるメッセージカードも同封しました。

↑デザイナー交代後初の展示会インビテーション


初めて自分の名前でコレクションを発表した16AWの展示会では、今までアシスタントとしてyoshiokuboやundecorated MANの展示会でお客様に説明していた服の内容だけではなく、ブランドへの思い、素材作りの背景や将来像など伝えないといけないことが沢山あったし「うまくいかなかったら久保さんにも迷惑をかけてしまう…」という責任も感じていたので、ものすごく緊張していましたね。 バイヤーさんからも「今日すごく緊張しているね」って言われてバレバレでした。(笑)  


――1stコレクションの反応はどうでしたか?

河野:以前から関わりのあったバイヤーさんたちはとても良い反応をしてくれました。 デザインが180度変わったわけですから、もちろんハマらないお店もありましたが、 応援してくれる方も沢山いて、新しく契約も決まったりと本当に周りに助けていただきました。

ブランドを任されたタイミングで、お世話になっている生地屋さんや縫製工場にデザイナー交代の挨拶をしにいきましたが、皆さん温かく応援してくれました。 僕らはこの方々の支えで成り立っているブランドなので、日本の生産背景は年々縮小していますがどうにか役に立つことができないかと日々考えています。

友人も沢山展示会に来てくれて、男性はもちろんですが女性もたくさん買ってくれたんです。それまでメンズのブランドという印象が強かったし、自分自身もそう思い込んでいたのですが、「こういう服を着たいと思う女性もいるのか!」と嬉しい発見ができました。その時に、「このブランドをユニセックスにするのも良いかも」と思い、そこから2年後、ユニセックスのブランドになったんです。


こうして今の「UNDECORATED」が誕生しました。
次回は、服づくりの哲学・素材へのこだわりについてお伝えします。